「どちらにいたしますか」という言い方に、実は大きな落とし穴があります。今日はこの表現を入り口に、正しい敬語の使い方と、そこに潜むビジネス心理学まで掘り下げてみます。
「どちらにいたしますか」はなぜ間違いなのか
不動産のご案内をしていると、物件が2つに絞れた瞬間があります。「どちらにいたしますか?」——この言葉、実務の現場では驚くほど頻繁に耳にします。しかし、これは敬語として誤りです。
正しくは「どちらになさいますか?」です。
なぜでしょうか。尊敬語と謙譲語を見極めるコツは、シンプルに「主語が誰か」を考えることに尽きます。
- 尊敬語 → 主語は「相手」
- 謙譲語 → 主語は「自分」
「どちらにするか」を決めるのは誰でしょうか。もちろんお客様、つまり「相手」です。相手の行為を敬うのですから、尊敬語を使うのが正解です。
「する」を尊敬語にすると「なさる」、謙譲語にすると「致す」になります。「いたします」は謙譲語ですから、お客様の行為には本来使えません。「どちらになさいますか」——これが美しく、正しい日本語です。
現場で起きている「敬語の混線」
この間違いが起きる理由は、単なる知識不足だけではないと感じています。接客の現場では「へりくだる」ことが丁寧さだと刷り込まれているケースが多く、無意識に謙譲語を多用してしまう。結果として、本来お客様を立てるべき場面で、逆に主客が入れ替わってしまうのです。
これは2025年から2026年にかけて、不動産業界でも接客品質がより重視されるようになった背景と無関係ではありません。契約書式の標準化や情報開示のスピードが競争軸になる中、言葉づかいという「見えない品質」も、選ばれる会社とそうでない会社を分ける要素になってきています。
心理学的に見る「言葉の重み」
行動経済学や心理学の観点から見ると、言葉選びは単なるマナーの問題ではありません。人は無意識のうちに、話し手の言葉の精度から「この人は信頼できるか」を判断しています。
特に不動産のような高額な意思決定の場面では、些細な言い間違いが「この担当者、大丈夫かな」という不安の種になり得ます。逆に言えば、正しい敬語を自然に使いこなせる担当者は、それだけで一段高い信頼を獲得できるということです。
これは私が大学で哲学を学んでいた頃から感じていることですが、言葉は単なる記号ではなく、話し手の姿勢そのものを映す鏡です。「どちらになさいますか」という一言に、相手を主語として敬う姿勢が滲み出る。逆に「どちらにいたしますか」には、無意識のうちに自分を主語にしてしまう癖が表れてしまうのです。
ビジネスシーンでの具体例
不動産の現場以外でも、この間違いは頻出します。
- 飲食店で「お飲み物、どちらにいたしますか?」→ 正しくは「どちらになさいますか?」
- 会議で「ご意見、どちらにいたしますか?」→ 正しくは「どちらになさいますか?」
- 物件案内で「A棟とB棟、どちらにいたしますか?」→ 正しくは「どちらになさいますか?」
いずれも、決定権を持つのは相手であるという原則に立ち返れば、迷うことはありません。
スタッフ教育への応用
弊社では、こうした「間違いやすい言葉」をスタッフ研修の教材として活用しています。単に「正しい言い方はこれです」と暗記させるのではなく、「なぜそうなるのか」という主語の考え方を理解してもらうことが大切です。
理屈を理解したスタッフは、応用が利きます。似たような場面に出会したときも、「主語は誰か」という軸で自分の頭で正しい敬語を組み立てられるようになるからです。これは、丸暗記のマニュアル対応にはない強みです。
まとめ
「どちらにいたしますか」ではなく「どちらになさいますか」。
たった数文字の違いですが、そこには敬語の原理原則と、相手を主語に置くという姿勢が凝縮されています。言葉づかい一つで信頼は積み上がり、また一瞬で崩れもします。日々の接客の中で、ぜひ意識してみてください。
では、また次回!「間違いやすい言葉を正しい言葉に」


