不動産の現場でも、チラシやポータルサイトの物件紹介文でよく目にする言葉があります。
「こちらの物件、お求めやすい価格になっております」
一見きれいな接客敬語に聞こえますが、実はこれ、正しい日本語ではありません。今回はこの「間違いやすい言葉」を、最新の調査データも交えながら解説します。
よくあるシーン
来店されたお客様との会話を想像してみてください。
顧客「この物件、周辺相場と比べても手頃な価格ですね」 営業「はい、お求めやすい価格でご案内しております」
丁寧に話しているつもりでも、これは日本語の構造上、誤りなのです。
なぜ「お求めやすい」は間違いなのか
ポイントは「~やすい」という言葉の性質にあります。「~やすい」は動詞の連用形について「そうなりやすい」という意味を添える言葉で、名詞や形容詞には直接つきません。
例えば「お飲みやすい水」とは言いませんよね。「お飲みになりやすい水」なら違和感がないはずです。同じ理屈で、
- ×お求めやすい価格
- ○お求めになりやすい価格
が正解になります。「求める」を尊敬語「お求めになる」にしてから「~やすい」を続ける、という順番が必要なのです。国語辞典の編修にも携わる言語学者も、この点をたびたび指摘しています。
「間違い敬語」ではなく「間違い表現」という指摘も
やや専門的な補足になりますが、この誤りは厳密には「敬語の間違い」というより「日本語表現としての間違い」だとする見方もあります。「求める」を「要求する・希望する」という意味で捉えると、「求めやすい価格」は「値切り交渉がしやすい価格」という意味になってしまい、本来伝えたい「購入しやすい価格」とはズレてしまう、という指摘です。より丁寧に言うなら「お買い求めになりやすい価格」がもっとも誤解のない表現ということになります。
文化庁の調査からわかること
こうした「お~やすい」型の表現について、文化庁が実施した国語に関する世論調査でも興味深いデータが出ています。「お歩きやすい靴を御用意ください」といった同種の言い回しについて尋ねたところ、「気にならない」と回答した人は全体の2割程度にとどまり、8割近くの人が「気になる」と答えました。つまり、多くの人が無意識のうちに違和感を覚えているということです。特に不動産や高額商品を扱う業種では、言葉遣い一つで信頼感が大きく左右されます。細部の言葉づかいにこそ、プロとしての姿勢が表れると私は考えています。
それでも浸透してしまった理由
とはいえ「お求めになりやすい価格です」と接客の現場で言おうとすると、慣れないうちは噛んでしまいそうな長さです。実務上の言いやすさを優先して「お求めやすい」が広まった、という側面は否めません。すでに広告やチラシ、店頭POPなどで定着してしまっている表現でもあるため、「間違いだと分かっていても、あえてそのまま使う」という判断も一つの現実的な選択ではあります。
実務での言い換え案
言葉の正しさにこだわりながらも、現場で使いやすい表現を選びたい方には、次のような言い換えをおすすめしています。
- 「お求めになりやすい価格です」(最も正しい敬語表現)
- 「手頃な価格です」(シンプルで誤解がない)
- 「お買い得な価格です」(訴求力を出したいとき)
- 「ご予算に合わせやすい価格帯です」(不動産の価格帯訴求に)
特に不動産営業の場面では、「お求めやすい」を安易に使うより「手頃な価格帯」「相場より抑えたご提案」といった表現に置き換えるほうが、誤用を避けつつ訴求力も保てると感じています。
言葉づかいは、信頼という資産をつくる
大学で哲学を学んでいた頃、言葉とは単なる伝達手段ではなく、話し手の思考の精度そのものを映す鏡である、という考え方に強く共感しました。経営や営業の現場でも同じです。正しい言葉を選べる人は、それだけで「細部まで丁寧に仕事をする人」という印象を相手に与えます。逆に、誤った言い回しを積み重ねてしまうと、無意識のうちに「雑な仕事をする人」という評価につながりかねません。
美しい言葉づかいができる人は、性別を問わず魅力的です。ぜひ日々の接客や商談の場で、今回ご紹介した表現を意識してみてください。
それでは、また次回の「間違いやすい言葉を正しい言葉に」でお会いしましょう。


