―― 電話応対の基本、実は間違いだらけ?
不動産の仕事は、実は「電話応対」から始まっています。物件を探しているお客様も、売却を検討しているオーナー様も、最初の接点は電話やチャットであることがほとんどです。そしてこの最初の数十秒のやり取りで、会社の印象、ひいては「この人に任せて大丈夫か」という信頼の土台が決まってしまいます。
今回は、私が長年この業界で見聞きしてきた「よくある間違い敬語」の中でも、特に多くの会社で今なお使われ続けている表現を取り上げます。
よくあるやり取り
顧客「大橋さんいますか?」
社員「はい大橋でございますね、ただいま確認いたしますので、少々お待ちください。私、斉藤と申しますが、失礼ですがお客様のお名前を頂戴できますか?」
一見丁寧で、何の問題もないように聞こえるかもしれません。しかし、この中には日本語として見過ごせない誤りが隠れています。
「頂戴できますか」はなぜNGなのか
まず結論からお伝えすると、正しくはこうなります。
社員「・・・お名前をうかがってもよろしいでしょうか?」
顧客「鈴木です」
社員「鈴木さまでいらっしゃいますね。それではお待ちくださいませ。」
なぜ「お名前を頂戴できますか」が誤りなのか。これは言葉の成り立ちを考えるとすぐに分かります。
そもそも「名前」というものは、誰のものでしょうか。当然、名乗る本人のものです。そして「頂戴する」という言葉は、「もらう」の謙譲語です。つまり「お名前を頂戴できますか」は、分解すると「お名前をもらえますか」と言っているのとまったく同じ意味になってしまいます。
名前は物のように「もらう」ものではありません。極端に言えば、「名前はあげられません」と切り返されても不思議ではない、おかしな依頼をしていることになるのです。
正しくは「うかがう」を使います。「うかがう」は「尋ねる・聞く」の謙譲語であり、相手の情報を教えていただく場面にふさわしい言葉です。「お名前をうかがってもよろしいでしょうか」であれば、意味も文法も正しく、かつ丁寧な印象を与えることができます。
「ございます」の落とし穴
もう一つ、非常によくある誤用が「鈴木さまでございますね」という言い方です。
「ございます」は丁寧語であり、尊敬語ではありません。丁寧語とは、話し手が聞き手に対して丁寧に話すための言葉であり、相手を高める(尊敬する)働きは持っていません。つまり「ございます」は自分側のことを述べるときに使う言葉であり、相手を主語にして使うのは本来不適切なのです。
- 「大橋でございます」→ 自分のことなのでOK
- 「鈴木さまでございますね」→ 相手のことなので、実は正しくは「鈴木さまでいらっしゃいますね」
「いらっしゃる」は「いる」の尊敬語です。相手を主語にするときは、尊敬語を使うのが原則。丁寧語と尊敬語の違いは混同されやすいポイントですので、ここで整理しておいていただければと思います。
名乗るのは、自分が先
もう一つ大切な習慣があります。それは「相手の名前を尋ねる前に、必ず自分から名乗る」ということです。
会社にかかってくる電話は、実に様々です。取引先、お客様、業者、時には間違い電話まで。相手が先に名乗ってくださるケースもありますが、そうでないことも珍しくありません。
そんな中、自分が名乗らないまま「お名前をうかがってもよろしいでしょうか」と切り出してしまうと、相手からすれば「あなたは何者なのか」が分からないまま名前を求められることになり、無意識のうちに失礼な印象を与えてしまいます。
先ほどの例で言えば、
社員「はい、株式会社LiFの斉藤でございます。大橋でございますね、ただいま確認いたしますので少々お待ちくださいませ。恐れ入りますが、お名前をうかがってもよろしいでしょうか。」
という流れが自然です。「自分が何者か」を先に明かすことは、相手に安心感を与える、いわば信頼構築の第一歩なのです。
電話だけでなく、チャットやメールでも
近年は電話だけでなく、LINE公式アカウントやチャットボット、問い合わせフォームなど、テキストベースでの一次対応も増えています。文字として残る分、むしろ言葉遣いの誤りは記録に残りやすく、後から見返されるリスクもあります。
「お名前を頂戴できますでしょうか」といった表現は、テンプレート化された自動応答文にも意外と多く見られます。もし社内で使っているマニュアルやチャット定型文にこの表現が残っているようであれば、この機会に見直しをおすすめします。
言葉は、会社の姿勢そのもの
私は常々、言葉遣いというのは単なるマナーの問題ではなく、その会社が顧客をどう見ているかを映す鏡だと考えています。
「頂戴する」という言葉を無意識に使ってしまう背景には、「とにかく丁寧に、へりくだって話さなければ」という気持ちがあるのだと思います。その心構え自体は決して悪いものではありません。しかし、正しい敬語を知らずに使う丁寧さは、時としてちぐはぐな印象を与え、かえって「この会社は大丈夫だろうか」という不安を招いてしまうことがあります。
不動産のように、大きな金額と長い付き合いが前提となる業界においては、こうした細部の積み重ねが信頼を左右します。電話一本、最初のひと言から、お客様は無意識にその会社を評価しているのです。
正しい敬語は、覚えてしまえば一生使える資産です。ぜひ一度、社内の応対フレーズを見直してみてください。
では、また次回。「間違いやすい言葉を正しい言葉に」

