会社にとって「最初に対応する人」の印象が、組織全体の評価を大きく左右する――これはビジネスの現場で誰もが耳にしたことがあるはずです。実際にニュース記事やビジネスマナー本でも繰り返し強調されています。しかし、言葉遣いや対応の基本を学ぶ中で、私たちが無意識に使ってしまう“間違いやすい表現”が数多く存在します。
今日は、その具体例を取り上げながら、社会人基礎力を養うための「言葉の選び方」について整理してみたいと思います。
1.「足元が悪い中…」は正しい?
来客対応の場でよく聞かれるのがこの表現です。雨の日や道が悪い中で来ていただいたお客様に「足元が悪い中、お越しいただきありがとうございます」と伝えるケースですね。
一見丁寧な言い回しに思えますが、実は注意が必要です。
- 「足元が悪い」という表現には、道がぬかるんでいる/段差が多い/危険があるといったニュアンスがあり、直接的に“状況が悪い”と伝えてしまう可能性があるのです。
- ビジネス上では、天候や道路状況などを相手の行動に結びつけて評価するのはやや違和感を与えることもあります。
より自然で好感を持たれやすい表現としては、
- 「お足元の悪いところをお運びいただき、ありがとうございます」
- 「お忙しい中、お越しいただきありがとうございます」
- 「本日はご足労いただき、ありがとうございます」
といった言葉の方が相手への配慮を的確に伝えられます。
ここで大切なのは「状況の不便さ」を指摘するのではなく、その中でも来てくださったことへの感謝を中心に置くことです。
2.「頭からありがとうございます」は間違い?
ニュース文中には「頭からありがとうございます」という表現が出てきました。おそらく「改めて」「重ねて」といった意味で使いたかったのだと思います。しかし日本語としては誤りです。
- 「頭から」は通常「最初から」「出だしから」という意味を持つ言葉です。
- 感謝を表す場面で使うと、「頭から怒鳴られる」といった否定的な表現と混同されやすく、違和感を与えてしまいます。
正しくは、
- 「改めまして、ありがとうございます」
- 「重ねて御礼申し上げます」
といった言い回しを用いるのが適切です。
言葉は少しのズレで相手に誤解や違和感を生みます。だからこそ、正しい日本語を意識することが社会人にとっての基礎力になるのです。
3.「すぐ参ります」と「5分後に参ります」
来客を応接室に通した後、担当者の状況を伝えるのも大切な役割です。ここでも言葉遣い一つで印象は変わります。
- 「すぐ参ります」→ 曖昧。1分後かもしれないし10分後かもしれない。相手を待たせる立場では、不安を与える言葉になりかねません。
- 「5分後に参ります」→ 明確。相手は待ち時間を想定できるため、安心して座って待つことができます。
つまり「誠実さ」は、単なる笑顔や敬語だけではなく、情報の正確さにも宿るのです。
良い例・悪い例の対比表
シーン | 悪い例(NG) | 良い例(OK) |
---|---|---|
来客への感謝 | 「足元が悪い中…」 | 「お足元の悪いところをお運びいただき、ありがとうございます」 |
重ねての感謝 | 「頭からありがとうございます」 | 「改めましてありがとうございます」/「重ねて御礼申し上げます」 |
担当者の到着案内 | 「すぐ参ります」 | 「5分ほどで参ります」 |
入室時の挨拶 | 無言で案内する | 「お待ちしておりました」「どうぞこちらへ」 |
退出時 | 「失礼します」だけ | 「失礼いたします。しばらくお待ちくださいませ」 |
4.なぜ言葉選びが「社会人基礎力」になるのか
哲学者ヴィトゲンシュタインは「私の言語の限界が、私の世界の限界を意味する」と語りました。私たちが使う言葉は、相手に映る“自分の世界”そのものです。
- 「曖昧な言葉」=相手に不安を残す
- 「誤った言葉」=相手に違和感を残す
- 「正しい言葉」=相手に安心と信頼を残す
社会人基礎力とは、専門スキル以前に「人と関わる力」です。その基盤にあるのが正しい言葉遣いと態度なのです。
5.第一印象は「会社の印象」になる
最初に応対した人が、そのまま会社全体のイメージになります。これは心理学の「初頭効果」とも呼ばれる現象です。最初に与えた印象は、その後の評価に大きく影響し、なかなか修正が効きません。
- 笑顔で迎えられた → 「この会社は温かい」
- 丁寧に案内された → 「この会社は信頼できる」
- 言葉遣いに誤りがあった → 「この会社は雑かもしれない」
一人の対応が、そのまま企業全体の信用に直結します。だからこそ、正しい言葉選びと基本動作は軽視できません。
6.まとめと実践チェックリスト
最後に、今日のポイントを簡単にまとめます。
来客対応で気をつける言葉と行動チェックリスト
- 挨拶は明るく、相手の不安を和らげる
- 「いらっしゃいませ」「こんにちは」で自然に始める。
- 感謝の言葉は正しく伝える
- 「お足元の悪い中…」はOK
- 「頭からありがとうございます」はNG → 「改めましてありがとうございます」に。
- 待ち時間は具体的に伝える
- 「すぐ」ではなく「5分後に参ります」と明確に。
- 言葉だけでなく態度も伴わせる
- 案内、飲み物の提供、気遣いを忘れずに。
- 「自分=会社の顔」である自覚を持つ
- 最初の対応が会社全体の印象を決定づける。
ビジネスの現場では、華やかな戦略や専門スキルよりも、こうした「基本の言葉遣い」が信頼の第一歩になります。言葉は単なる道具ではなく、相手の心に届くメッセージそのものです。だからこそ、一つひとつの表現を大切にし、社会人基礎力として磨き続けたいですね。