東京23区の中古マンション平均価格が、70㎡換算で1億700万円。しかも4か月連続で1億円を超えたというニュースが流れました。前年比で約38%上昇という驚異的な数字。これは単なる「不動産ニュース」ではなく、私たちの暮らし方や価値観に深く関わるテーマだと感じます。
都心のマンションは“資産”から“富裕層の選別装置”へ
かつて「マンション」といえば、共働き夫婦や子育て世代が“頑張れば買える住まい”でした。しかし今や都心の中古マンションは、実需層にとって遠い存在になりつつあります。
例えば港区や中央区といった「都心6区」では平均価格が1億7000万円を突破。世帯年収1000万円を超えるような層でも、頭金やローン審査を考えると簡単に手が届く価格ではありません。結果的に購入しているのは、株高や金融資産の上昇を背景にした資産家や、いわゆる「パワーカップル」と呼ばれる世帯が中心です。
つまり、都心のマンションは「誰もが目指せる住宅」から「資産を持つ人の資産運用の一環」へと変化しつつあるのです。
心理的ハードルと“割高感”
心理学的に、人は「参入できるかどうか」で市場への関心を左右されます。1億円超という数字は、多くの人にとって一種の“心理的壁”です。
「私には縁がない世界だ」と感じた瞬間、その市場から心が離れていきます。これは不動産だけでなく、高級ブランドや株式投資でも見られる現象です。結果的に、都心マンション市場はさらに限られた層のための“閉じた市場”となり、一般の購入希望者は郊外や近県へとシフトせざるをえません。
割高感の強まりは、取引量を減少させる要因になります。実際に、夏場に価格が上がりすぎたエリアでは「売れ残り」も見られたと報じられています。
郊外・近県へのシフトは自然な流れ
では、都心を諦めた人々はどこへ向かうのか。
答えは明快で、「郊外」や「近県」です。杉並区の例のように、12年前に5000万円で販売された物件が、今は中古で7800万円という状況。確かに高いのですが、都心1億7000万円に比べれば現実的に見えます。
また、横浜市やさいたま市、浦安市、大阪市など大都市圏の周辺都市も上昇していますが、それでも東京の都心に比べれば手が届く価格帯です。
この動きは、単なる経済的理由だけではありません。心理学的に、人は「納得感」を大切にします。たとえ同じ金額を支払っても、「これなら妥当だ」と思えれば満足度は高くなる。逆に、無理をして都心のマンションを買った場合、「ローンの重さ」と「資産価値への不安」の両方が心理的ストレスになります。
「豊かさ」の基準が変わる時代
ここで考えたいのは、「豊かさとは何か」という哲学的な問いです。
戦後から高度経済成長期を経て、日本では「マイホームを持つこと」が豊かさの象徴でした。バブル期には都心のマンションを買うことが一つの成功の証とされてきました。
しかし、今は違います。テレワークの普及や価値観の多様化により、「広さ」「緑」「コミュニティ」「通勤の快適さ」といった要素が見直されつつあります。1億円の狭い都心マンションより、5000万円で郊外に庭付きの家を買う方が、人生の満足度が高いと感じる人が増えているのです。
市場はどこまで続くのか
専門家の見立てでは、「年内いっぱいは上昇トレンドが続く」とのこと。ただし、日銀の金融政策や利上げの動き次第でブレーキがかかる可能性も指摘されています。
私は、この状況を「短期的な熱狂」と「長期的な冷静さ」のせめぎ合いと捉えています。
株価上昇で資産を増やした層が高額物件を買う → 価格は上がる。しかし、給与水準が追いつかない一般層は市場から離脱 → 実需が減る。
この構造が長く続くのは難しいでしょう。市場は必ず「バランス」を求めます。
まとめ:数字の裏にある人々の暮らしを見つめたい
今回の「東京23区・中古マンション1億円超」というニュースは、単なる不動産価格の話にとどまりません。
それは、私たちの「暮らし方の選択肢」が大きく変わりつつあることを示しています。
都心に住むことだけが豊かさではない。郊外や地方に住みながら、自分の時間や家族との生活を大切にすることもまた豊かさです。
価格の高騰は、確かに一部の人にとっては「資産形成の好機」かもしれません。しかし同時に、多くの人に「新しい生き方」を考えるきっかけを与えているのではないでしょうか。
経営や投資の視点からだけでなく、心理学や哲学の視点からも、私たちが「何をもって豊かさとするのか」を問い直す時代が来ていると強く感じます。



出典:NHK https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250924/k10014930931000.html