2025年9月の新設住宅着工戸数が6カ月連続で減少しました。
国土交通省の統計によれば、前年同月比で7.3%のマイナス。持家・貸家・分譲住宅すべての部門で減少し、特にマンションでは20%減という大幅な落ち込みを見せています。
このニュースを、単なる「不動産市場の冷え込み」と見るのは早計です。
むしろ、ここには“日本の住宅のあり方”そのものが静かに変化している兆しが見えます。
今日は、私の視点で、この統計の裏側にある「生活者心理」「投資環境」「地方再編の流れ」などを掘り下げていきます。
「減っている」のではなく、「選ばれている」時代へ
まず着目すべきは、“着工数の減少=需要の消失”ではないという点です。
今の住宅市場は、「建てる人が減っている」のではなく、「安易に建てない人が増えている」段階に入っています。
物価高や金利上昇を背景に、住宅ローンの負担は確かに重くなっています。
しかし、それ以上に大きいのは「人生100年時代における選択の慎重化」です。
マイホームが“ゴール”だった時代から、“ライフステージに合わせて選び続ける”時代に変わりつつあります。
特に20代・30代の若年層では、「所有」より「柔軟性」を重視する動きが顕著です。
リモートワークや地方移住、二拠点生活といった新しいライフスタイルが現実味を帯びる中、「いま無理して住宅ローンを組むより、選択肢を保留したい」という心理が働いているのです。
持家・貸家・分譲すべて減少──ただし“質の転換”が進行中
統計を細かく見ると、持家・貸家・分譲住宅のすべてが前年割れしています。
なかでもマンションの落ち込み(前年同月比20%減)は象徴的です。
一方で、これは「住宅需要が減った」わけではありません。
実際の市場現場にいると、「建てたいけれど、理想に合う土地やプランがない」「高騰した建築費に見合う価値を感じにくい」といった声が圧倒的に増えています。
つまり、量ではなく「質」で判断される市場に変わってきているのです。
新築至上主義から、「長く使える良質な中古」や「リノベーションによる再生」へのシフト。
また、“建てること”から“運用すること”へと意識を向ける投資家も増加しています。
住宅=資産形成の手段として見直され始めている点も見逃せません。
マンション市場の冷え込みは「東京一極集中」の限界信号
首都圏では分譲住宅が前年同月比11.9%減。
そのうちマンションは20%減という数字は、明らかに投資・開発サイドの慎重姿勢を映しています。
建築コストの上昇、土地価格の高止まり、さらに投資家の出口戦略の見直し。
これらが複合的に作用し、「供給を控える動き」につながっています。
同時に、地方では“手頃な戸建て”への回帰が進みつつあります。
特に中部圏や北関東では、職住近接や自然環境を重視する層が移住を検討するケースも増加。
「東京に住む必然性」が揺らいでいるのです。
これは、決して悪いことではありません。
むしろ“分散型社会”への移行が静かに始まっていると見るべきでしょう。
数字の裏にある「生活者の心理変化」
心理学の観点から見ると、人は不安定な時代ほど「選択を先送りする」傾向があります。
金利、物価、災害、円安、AIによる雇用変化——あらゆる要因が先行き不透明です。
そんな中で、住宅購入という“最大の意思決定”を躊躇するのは自然な反応です。
むしろ現代の消費者は、“買わない勇気”を持つようになったとも言えるでしょう。
一方で、「家は人生の基盤」と考える層は依然として強い支持を持っています。
そのため、今後は“自分らしく暮らすための家”へのニーズが増え、
デザイン性・断熱性・メンテナンス性など“内面的満足度”が高い住宅が選ばれていく時代になると考えます。
不動産業界に求められるのは「共感力と提案力」
このような局面で、不動産会社や建築業者に求められるのは、
“売る力”よりも“寄り添う力”です。
住宅は「買わせる」ものではなく、「共に選ぶ」もの。
顧客の将来設計、価値観、家族構成、働き方の変化を理解した上での“提案力”が問われます。
また、マーケティング的にも“数”を追う時代ではなくなりました。
住宅着工数が減っても、“一棟あたりの価値”や“顧客満足度”が高まれば業界全体は成熟します。
短期的な数字に一喜一憂するより、
「この減少は、持続可能な市場への進化過程である」と冷静に見る視点が必要です。
まとめ:住宅市場の「縮小」は悲観ではなく、進化のサイン
6カ月連続の減少というニュースは、一見するとネガティブに響きます。
しかし本質的には、“持続可能な住宅市場”への移行を示すサインでもあります。
過剰な供給・過剰な借入・過剰な競争の時代から、
「本当に必要なものを、無理なく持つ」成熟社会へ。
住宅市場の数字の波は、単なる経済データではなく、
私たち一人ひとりの“生き方”の変化を映す鏡です。
これからの時代に必要なのは、
「建てる」でも「買う」でもなく、
“どう生きるか”から住宅を考える視点だと思います。
出典:国土交通省 不動産流通研究所 https://www.re-port.net/article/news/0000080235/

